咳をしても一人

 

渥美清は、最後にどうしても演じてみたい役がありました。それは尾崎放哉です。放哉は自由律の俳人、種田山頭火ともに高い評価を得ています。

放哉は肺を病み、小豆島に移り住み死を見据えた1年間でその才能を開花させました。山頭火は生きることに執着し発句し続けたのとは対照的に、放哉は死を意識してから俳句が研ぎ澄まされました。「咳をしても一人」、放哉の俳句です。どのような咳か。音叉を叩いたような咳だそうです。肺を病んだ人にしか分からない、この咳を渥美はどうしても演じたかったそうです。

この思いが通じ、単発のドラマの企画が上がりました。しかし、草案中に別のテレビ局が放哉のドラマを放映し、この企画は中止となります。その後、山頭火でドラマをとの提案が渥美になされましたが、悩んだ末に断っています。

風天の雅号を持ち、映画の寅さんからも渥美清には山頭火のイメージが重なります。しかし俳優としての芯は、放哉と同じ死を見据えたことによるのでしょう。演じたかったのはやはり、放哉だったのでしょう。